大浦天主堂で考えた「心の自由」ーエジプトと長崎を繋ぐ祈りと香り
大浦天主堂で考えた「心の自由」➖エジプトと長崎をつなぐ祈りと香り
長崎でのワークショップを終えた翌日、現地で合流したスタッフたちと、大浦天主堂を訪れました。
今回のワークショップのテーマは「聖なる香りの巡礼」。
フランキンセンスやミルラを通して、香りとともに受け継がれてきた歴史や、人々の祈りについてお話ししました。
その翌日に訪れた大浦天主堂。

教会が運営するショップには、やはりフランキンセンスの香りが並んでいました。ワークショップでお伝えした香りが、今も祈りの文化の中にあることを、あらためて身近に感じました。
そして、中央の大祭壇の奥にあるステンドグラスには、十字架にかけられたイエスと、その足元に寄り添うマグダラのマリアの姿が描かれています。香りの物語をたどった時間が、この場所にもつながっているのだなと。(天主堂の中は全て撮影禁止のため、写真はございません)
国宝である大浦天主堂は、「日本二十六聖人」に捧げられた教会です。
豊臣秀吉の命によって捕らえられ、1597年2月5日、長崎の西坂の丘で処刑された26人。その中には、わずか12歳の少年もいました。ルドビコ様です。
今回、とても心に残ったのが、大司教の方が伝えられていた「心の自由」という言葉でした。長崎の歴史には、その自由を守ろうとした人々の物語が重なっています。
何を信じ、何を大切にして生きるのか。
その心の内側にあるものを、自分自身で選べること。
今の私たちには当たり前に思えることも、かつては命に関わる選択でした。信仰を表に出せず、ひそかに祈りを受け継いだ潜伏キリシタンの人々。その歴史を思うと、「心の自由」という言葉の重みが変わります。
そして、この物語は、私がいつも訪れているエジプトにもつながっています。
聖書には、幼いイエスと聖母マリア、ヨセフが、ヘロデ王の迫害から逃れるため、エジプトへ身を寄せたことが記されています。エジプトには、聖家族が身を隠しながら各地を巡ったと伝えられる場所が、今も大切に受け継がれています。

↑エジプトで描かれる聖家族(ホーリーファミリーの絵は、ロバに乗って移動したり、イエス様が幼子の様子ばかりです。小さい時に滞在されていたので)
エジプトへ逃れた聖家族と、長崎で迫害の中を生きたキリシタンの人々。時代も場所も、置かれた状況も違いますが、そこには、命を守りながら大切なものを次へとつないだ人々の姿があります。
安心して生きることや、大切なものを守ることが脅かされる中でも、祈りを手放さなかった人々。
信仰は、そうした一人ひとりの祈りや暮らしを通して、人から人へ、遠い土地へ、次の世代へと伝えられてきました。
そして、その祈りの歴史の中には、フランキンセンスやミルラといった香りもあります。人々が大切にしてきた香りもまた、信仰とともに受け継がれてきたのです。
大浦天主堂のショップに並ぶフランキンセンスを見たとき、ワークショップでお話しした遠い昔の物語が、今この場所にも続いているのだと感じました。
香りをたどることは、それを大切にしてきた人々の心や、生き方に触れることでもあるのですね。
長崎には、信仰への迫害の歴史があり、原爆によって多くの命と暮らしが奪われた歴史があります。
この地で生まれ育った私にとっても、知っているはずの故郷を、あらためて見つめる時間になりました。
自分が信じるものを大切にできること。
誰かが大切にしているものも、同じように尊重できること。
「心の自由」を守るとは、どういうことなのだろう。
香りを通してたどってきたエジプトと、私が生まれ育った長崎。その二つが、祈りと「心の自由」という言葉を通して、私の中でつながりました。
聖なる香りの巡礼のあとに、スタッフたちと訪れた大浦天主堂。香りから祈りへ、祈りから人の生き方へと、思いがつながる一日でした。
写真は、長崎の風景です↓
改めて、いい街だな。











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